本日のカデンツァ

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カテゴリ:オーケストラ( 5 )

第2回 上岡敏之&ヴッパータールシンフォニーコンサート

2009年10月26日、ヴッパータールでの第2回シンフォニーコンサート、
今夜はバルトークとブルックナーという “Klangmagier(音の魔法)”を演出した。
バルトークの“2台ピアノとパーカッションのための協奏曲”はGrauschumacher Piano Duoによる演奏。ピアノ2台が舞台の最前列、指揮台をはさんでその後ろに二人のパーカッションが並び、後ろにオーケストラという配置である。この曲自体演奏される機会はあまり多くないだろうが、もともと2台ピアノとパーカッションのためのソナタとして書かれた作品にオーケストレーションが加わっている。無調性なバルトーク協奏曲としては古典的な3楽章形式で、2楽章にLento ma non troppoと緩徐楽章を置いている。表題には3楽章にもnon troppoがついており、やや“控えめ”を意識している。
2台のピアノと二人のパーカッションのいわゆる“コール・アンド・レスポンス”は絶妙で、かつジャズ的なインプロビゼーションを感じさせるエネルギッシュな音楽。指揮者の上岡さんとセンターの4人の動きが視覚的にも楽しい演奏だった。

休憩をはさんで、ブルックナー交響曲3番。この曲はワーグナーに献呈されブルックナー自らが“ワーグナー交響曲”と名付けたとして知られる。今夜は第3稿が演奏された。2年前にCD録音された上岡さんとヴッパータール響のブルックナー7番は世界一緩徐な7番と評されたことをふと思い出した。
1楽章冒頭のトランペットの第一主題、弦のボーイングからしてテンポは遅くはないがゆったり感はある。しかし始まったばかりだというのに、上岡さんは相当エネルギッシュな振りだ。意識的にかなりはっきりと休止をとっている。ユニゾンパートではとくに金管に音を前に引き出すように指示を出す。さらに上岡さんの表情は音、モチーフ、旋律の厚さによって常に変化して、一秒たりとも休むときがないほどである。
第2主題のいわゆるブルックナーリズム(2+3または3+2)は音の広がりを感じさせ、ゼクエンツをはっきり表現させながら、身体全体でオーケストラを牽引している。
2楽章に入っても、タクトを左手に持ち替え、音を前に前に引き出そうとし、強弱のコントラスト、テンポのコントロールを片時も休めない牽引力だ。
ここでも休止にははっきりと音のない空間を演出している。3楽章に入り軽快な音色になってきた。フィナーレはオーケストラの音にも伸びやかな開放感が出てきたように感じた。この日の上岡さんは、こんなに振っていて大丈夫なのだろうか、と心配になるほど始めから終わりまで、渾身の力を振り絞ってワーグナーブルックナーを牽引し続けていた。上岡さん率いるこのオーケストラは、休止、ユニゾン、ブルックナーリズム、ゼクエンツをいつも過剰なまでに意識した今までにない新しい“ブルックナー音楽”を創造してくれる。だからこそ、聴き手である私たちにも大きなエネルギーを充電してくれるのだろう。

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ヴッパータール交響楽団(ドイツ・ヴッパータール Stadthalle)
指揮      上岡敏之
ピアノ     Grauschumacher Piano Duo (Andreas Grau, Götz Schumacher)
パーカッション Martin Schacht, Benedikt Clemens
(演奏曲目)
バルトーク  2台ピアノとパーカッションのための協奏曲
ブルックナー 交響曲第3番 ニ短調(第3稿)
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by aurorapiano | 2009-11-02 03:13 | オーケストラ

第1回 上岡敏之&ヴッパータールシンフォニーコンサート

2009年9月21日、20時より、ドイツ・ヴッパータール、シュタットハレでWuppertal交響楽団の第1回シンフォニーコンサートが行われた。ドイツもこのところずいぶん日が短くなり20時にはすっかり日も暮れている。
開演の30分も前からホワイエはいつもながら多くの人でにぎわっている。いつも思うのだがここはひとつの社交の場。そしてあまり広くないので知っている顔にかならず出会うのだろう。
このシュタットハレの大ホール(Grosser Saal)は素晴らしいホールである。舞台は少し高めであまり広くはないのでピアノコンチェルトのときなどは舞台がいっぱいいっぱいになる。
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“Freiheit(自由)“がテーマの今日の演奏会はオールベートーベンプログラム。
はじめは『エグモント』序曲。エグモントとは実際に実在したオランダの政治家で軍人であった人物で、民衆の自由を守ろうと独立運動を指導したにもかかわらず、とらえられて死刑になってしまう悲劇的英雄。彼をモデルにゲーテが戯曲を書き、その戯曲にベートーベンが付随音楽として作曲した最初の曲がエグモント序曲である。
拍手が鳴り止むやいなや、悲劇を予感させるようなかなり強い始まりだ。テンポはかなり早め。つづくメランコリックなオーボエの旋律で少しテンポを落とす。中間部の弦は強く縦に刻み、木管の呼応する旋律は上からのせるように。木管には自由と平和を与えるように開放感を与え、弦はしっかりそれを支える。
上岡さんの表情にはエグモントの苦悩、それにベートーベン自身の晩年の苦悩が投影されていたが、最後のファンファーレで高らかに勝利を手にした喜びに纏められた。
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つづくピアノ協奏曲5番。ソリストにAbdel Rahman El Bacha(アブデル・ラーマン・エル=バシャ)、何度も来日しているレバノン出身、フランス在住のピアニスト。
決して強靭で勢いのある演奏ではなく、どちらかというと堅実な丁寧な演奏。第1楽章はピアノのカデンツァに配慮したピアノとオーケストラのバランスもよく熱演もあいまってか、1楽章が終わったところで会場から拍手。2楽章の中間部からピアノ主体の開放的な旋律は本当に美しく、特にピアノが分散和音を受け持ち、木管がメロディーを奏でる部分は感動的であった。
2楽章最後の3楽章のテーマの提示はかなりゆったりと時間をかけて、続く3楽章へ。安定したリズムのライトモチーフと丁寧なスケーリングで、次第に華やかな演奏となっていく。表現は決して大きくはなくむしろこの曲にしては控えめで、音に重量感を感じさせない端正でいて躍動的な演奏だった。
終演後、エル=バシャさんにお話をうかがう機会があったのだが、とても気さくで日本にとても友好的な方だった。好きな作曲家はショパンとベートーベンだという。(11月中旬から日本公演があるそう)

休憩をはさんでベートーベン交響曲7番。アインザッツが素晴らしく美しい。テンポはかなりゆったりめでソステヌートを十分に生かしている。上行の弦も16分音符が8音ずつ正確に刻まれ2拍子を感じることができる。Vivace、8分の6拍子の5小節目、フルートのメロディーからテンポと表現がより色彩豊かに変化する。弦と管、とくに木管のバランスに配慮した曲運びで中間部から少しテンポをあげて、開放感に満ちた演奏であった。それに答えてか、1楽章が終わったところでまた拍手。(しかし、これは2楽章への緊張感を遮断する意味であまりよくなかったように思う。)
緊張感を入れ直して2楽章Allegrettoへ。あまり遅くはない安定したテンポで、強弱のコントラストをつけ、少し重量感を加味した和声学的進行に配慮した演奏だった。時折、上岡さんは右手の指揮棒を左手にもち、右手の細かな動きで指示をいれていた。3楽章は明瞭なスケルツォ。緊張感がほぐれる軽快な演奏だ。ひと呼吸おいて、最終楽章へ。左に右に、上に下に自在にタクトを振り、これほどの情熱がどこからあふれてくるのだろうかといわんばかりの上岡さんに気持ちよいほどオーケストラの音がどこまでもついてくる。コーダのGの音で頂点に登り詰めた緊張感と開放感が同時に溢れ、この作品に似つかわしい情熱的なフィナーレとなった。
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Wuppertal交響楽団との6年目の新しいシーズン。いつもにまして熱いカーテンコール。聴衆も十分、“わが町のオーケストラと上岡さん”を自分たちのものと意識している感が印象的だ。来年10月の東京をはじめ各地で10公演が予定されているという。日本公演も今から楽しみである。

ヴッパータール交響楽団(ドイツ・ヴッパータール Stadthalle)
指揮   上岡敏之
ピアノ  Abdel Rahman El Bacha
(演奏曲目) 
ベートーベン 『エグモント』序曲
ベートーベン ピアノ協奏曲 第5番 Op.73
ベートーベン 交響曲 第7番 Op.92
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by aurorapiano | 2009-09-26 18:07 | オーケストラ

ベルリン歌劇場 オープンエアコンサート Bebelplatz

8月30日(日曜日)16時開演。シュタッツオーパー横のベーベルプラッツには大勢の人。ざっと5千人くらいはいるだろうか。ご機嫌ななめの子供をあやしながら肩車をする親子。専用のシートやいすを置いて演奏を聴く人。聞き方はひとそれぞれ。
演目はチャイコフスキーのロメオとジュリエット、そして交響曲5番。
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私はロメオの途中から聴き始めたのだが、間髪入れず交響曲5番へ。
楽章間のパウゼは全くなく、むしろ4楽章のフィナーレの前の全休止の方が間が長かった。続くコーダでは、そこからかなりゆっくりテンポを落としてモチーフが再現され一気にフィナーレへ。コンサートホールの演奏とは異なりオープンエアならではの響きを考慮した最後の演出がとても印象的であった。
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Saatsoper in unter den Lindenのwebsiteより
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by aurorapiano | 2009-09-01 15:22 | オーケストラ

ゲバントハウス メンデルスゾーン音楽祭”宗教改革”

8月21日よりライプチヒではメンデルスゾーン生誕200年音楽祭が始まった。
初日、オープニングコンサートはゲバントハウス大ホールで行われた。ゲバントハウスはライプチヒのZentrumからほど近いAugust Platz に位置する。向かいにはオペラハウス、すぐ横にはMDRの斬新なビルが建ち、新旧いろいろ混在した不思議な音楽空間である。またゲバントハウスから5分のところに少年時代、メンデルスゾーンが過ごした家(現在のメンデルスゾーンハウス)、10分ほどでロベルト・シューマンがクララ・ヴィークと結婚してすぐ4年ほど生活したInserlstrasseの家にたどり着く。先日、ゲバントハウスの前を散歩しているとMDRの主席指揮者である準メルクル氏と偶然にもすれ違った。
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メンデルスゾーン祭のオープニングのタクトはMaukus Stanz(マルクス・スタンツ)。2003/04年のシーズンからケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団(ケルン歌劇場のオケでもある)の首席指揮者であり、今シーズンからはマンチェスターのハレ管弦楽団の客演指揮者も兼任する若手の指揮者である。ビオラのソロで始まる、D.Glanertの“オーケストラのための無言歌”(世界初演)で幕を開けた。
続いてラベック姉妹によるメンデルスゾーンの“2台ピアノと管弦楽のための協奏曲”。このふたりの息のあったアンサンブルは今なお健在だ。軽くて女性らしく美しいタッチに粒のそろった早いスケール。ピアノのソロパート、カデンツァもまるでひとつの意識が4本の手をコントロールしているかのように感じられた。
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実力派でしかもビジュアル系のラベック姉妹は、鳴り止まない会場の拍手に応えて、連弾をサービスしてくれたのも感動!よく見ればことに姉のKatiaは10cm以上もあるピンヒール。これでよく華麗なペダリングをと思うとこれまた感動!であった。
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続くメンデルスゾーンの交響曲5番“宗教改革”。数時間前のMotetteを思い出しながらゆっくり耳を傾けることとした。
この曲はメンデルスゾーンが21歳の作品で、交響曲1番に続いて作曲された。ルターの宗教改革を記念して作られたため“Reformation“と名付けられた。
この交響曲にはドレスデンアーメンに加えて、ルターが1529年に作ったコラール“Ein Feste Burg unsere Gott“がモチーフとして引用されていることで知られる。

弦の厳かな序奏で始まり、たっぷりとしかも崇高にドレスデンアーメンを奏でる。トランペットはまるで教会のパイプオルガンの音が直接空気に振動するかのように厚みをもった張りのある音で改革の扉を開ける。金管の空気の振動を残したまま弦が弱音で厳かに始まり、革新を表現するかのようにニ短調が始まる。とにかく金管の響きの正確さと力強い美しさが際立っていた。
つづく2楽章はクラリネットとフルートのアンサンブルが同質の音色であり、心地よい。その旋律を支えるように弦楽の調べが強弱をつけながら軽快に進んでいく。まるで改革の扉を開くように高らかに、リズムは一定でありながら、音質の強弱によりメリハリをもった音楽に仕上がっていた。
弦楽の調べで静かに始まる3楽章。スタンツは指揮台に棒を静かにおいた。右手、左手を自在に動かし、ルターやメンデルスゾーンの改革に対する深い思慮を演出する。そこから静かにも敬虔な旋律が紡がれ、フルートの調べでもってルターのコラール“神はわがやぐら”を用いたライトモチーフで間をいれず4楽章が始まる。コラールが終わりテンポがあがるやいなやスタンツの右手には指揮棒が戻った。
フィナーレにはテンポを変化させ進めることによってAnimato(アニマート)を強調。最終章は再びコラールモチーフに戻り高らかに改革の扉が開いた。

シーズンのオープニングコンサートとあってか、終演後にホワイエでは観客にドリンクとお食事のサービス。ゼクトとサンドイッチでメンデルスゾーンに乾杯!
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ゲバントハウス管弦楽団 
指揮 Markus Stenz
ピアノ Katia und Marielle Labeque
(演奏曲目)
Detlev Glannert : "オーケストラのための3つの無言歌"
Mendelssohn : ”2台ピアノとオーケストラのための協奏曲””交響曲5番〈宗教改革〉”
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by aurorapiano | 2009-08-30 18:05 | オーケストラ

「町人貴族」という作品

「町人貴族」はコメディ=パレという宮廷社会で繰り広げられたバレエ分野の作品で、1670年、かの有名なフランスのモリエールが台本を書き、同時代に生きたフランスバロック音楽の作曲家であるリュリが音楽を、ボーシャンが振り付けを担当してパリのシャンボール離宮で国王ルイ14世を初め多くの貴族の前ではじめて上演された。
この町人貴族の作品には、貴族階級がもてはやされ、宮廷での長時間にわたるバレエ上演が流行していたその時代背景が目に浮かぶように描かれている。

現代の時代に少しも似通ったところがない300年以上も前のおとぎ話のようであるにかかわらず、何故か親近感がわいてくる作品だ。
人の心の根底にあるものは、途絶えることなく、何百年の時空を隔てて見事に伝わってくる。俳優としても活躍したモリエール自身が、主人公ジュールダンを演じた。ジュールダンはお金を使い、剣やダンスや音楽や哲学の個人レッスンを受け、おまけに仕立て屋に貴族風のとびきりの洋服を作らせる。
仕立て屋が“貴族はみんな花は下向きにつけています”といえば“ほう、じゃこれでよろしい”と答える。
自己顕示、自己向上心、それは“I love me“として生きようとするある種、人として本来の姿ではないだろうか。

リュリの音楽は、リヒャウト・シュトラウス組曲「町人貴族」の中でフランスバロック的に見事に再現される。ジュールダン娘リュシールにトルコ王子に扮して登場する際のクレトント登場の音楽はとても印象的だ。

モリエールの台本とリヒャウト・シュトラウスの音楽から現代の私たちは何を連想できるだろうか。優雅さと豊かさをどれほど感じることができるだろうか。

今日からの新日本フィル(指揮上岡敏之、ピアノ若林顕)の演奏会が楽しみだ。
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by aurorapiano | 2009-04-27 18:06 | オーケストラ

音楽・四方山話


by aurorapiano
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