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カテゴリ:音楽の旅( 1 )

シューマンの旅(1) 生誕地"Zwickau(ツヴィッカウ)

旅の目的のひとつは芸術家の軌跡をたどることにある。
劇場めぐり、美術館めぐり、そして芸術家の携わった場所に自ら下り立ってみると、そこには歴史上の人物に留まらない、生きた人間像がみえてくる。
8月ライプチヒに滞在した際、Zwickau(ツヴィッカウ)という町に行った。

8月16日、Schumannの生まれたツヴィッカウに向かう。ライプチヒ中央駅からRE(国鉄の快速電車)に乗る。ドイツの夏にしては暑く32度、冷房もない電車で汗だくになりながら1時間20分。そこにたどるまでには大きな町もなく、ただひたすらドイツの田舎風景が続く。

ツヴィッカウ中央駅につく。Zentrum(町の中心)から離れている駅らしく、地図などの案内も全くない。町の中央にあるインフォメーションに行こうと思うのだがそれがどこなのかまったく検討もつかない。
しかも今日は日曜日。人通りもほとんどない。途中で通りがかりの人に聞くが、たぶんあっちだと思うけど。くわしいことはまた尋ねてみてとのこと。
しかもとにかく暑い。歩き進んでいくうちにシティバンクをみつけた。しかもその付近は銀行街。その通りはシューマン通り。ともすればZentrumはそう遠くないはずだ。
ツヴィッカウはシューマンの生誕地ではあるが、その知名度はおそらく低い。
もちろん日本のヨーロッパの音楽ツアーのなかにもこの地は選ばれないだろう。
少し不便だし、それ以外何もない小さなまちだからだ。

Marktに続くと確信できる道を歩き始め、何とか落ち着きを取り戻した。
古いゴシック調の教会を見つけ、その先にようやくマルクトを見つけた。
インフォメーションに行こうとしたが、その前に目的のシューマンハウスは見つかった。
(シューマンハウス 入場料4ユーロ 残念ながら写真撮影は不可、ツヴィッカウ中央駅から徒歩20分)
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シューマンの自筆譜は思ったより数段美しかった。
そしてこの作曲家はこの地に生まれ、作曲以外の音楽に携わる仕事を数々残した。ライプチヒを拠点とする音楽批評のたくさんの音楽記事を書き、ベートーベンの音楽を編集し出版する、出版業も手がけた。
もちろん作曲家としての活動はいうまでもない。そこには彼の妻であり音楽のパートナーであったクララがいた。彼女は頭脳明晰で優れたピアニストであり、よき妻であり母であった。

いくつもの音楽会のちらしが今も残っているのだが、それをみるととても面白い。その音楽会はクララ・シューマンための演奏会であり第一部はかならずクララが演奏していた。シューマンの自作の発表はいつも第2幕の一番始め。完成したSinfonieの演奏会もあれば、1楽章のみのこともあった。
晩年、シューマンが心を煩っていた頃にクララが子供たちに送った手紙がある。
”Euer Vater ist nicht mehr.(あなたたちのお父さんは具合が良くないの”と始まる
クララはとにかく生きる力の強い女性であったのだろう。1860年、もちろんシューマンの死後であるが、モスクワ、パリ、ベルギー、ロンドンと精力的な演奏活動を続けている。

ツヴィッカウの町、シューマンの生家を尋ねる目的なくしては訪れることはなかっただろう。
町にはシューマントラムが走っていた。
しかしそこには確かな原点がある。今もTheaterの向かいに残る彼のDenkmalに頬寄せたい気持ちに駆られた。
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by aurorapiano | 2009-09-11 05:29 | 音楽の旅

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