本日のカデンツァ

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ハンブルク州立歌劇場 シモーネ・ヤングの“ジークフリート“

2008年3月、2シーズン前からはじまったハンブルグ国立歌劇場とシモーネ・ヤングのシリーズ“ニールンベルグの指輪”の第2夜“ジークフリート”。プレミエは2009年10月15日。(今日の公演はプレミエBと書いてある。)17時開演。16時過ぎに劇場に到着し、長い公演に先駆けてホワイエへ。
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ジークフリートはクリスチャン・フランツ。この役は彼の十八番であり、来年2月日本でも新国立劇場でのジークフリードに登場する予定である。
今回の演出も引き続きクラウス・グートによるもの。完全な読み替えとはいかないまでも舞台はかなり現代的でグラフィカルな演出。この演出に馴染めるかどうかは好き嫌いの問題だろう。読替え演出によってはストーリーを混同しやすいこともあるが、このオペラの場合は至ってシンプルなジークフリードの成長物語だから視覚的な問題以外はたいして気にならないだろう。ヤングの淡々としてしかも収支のあった音楽作りならこのややミスマッチなどことなく落ち着かないユニバーサルデザインもしっくりくるから不思議である。

第1幕はミーメの家。2つの簡素なベッドが左右においてあり、きれいだか汚いのだかわからない現代的な普通の家の中の設定。洗濯機、キッチン、鍋、アイロン台と家庭用品が並んでいる。ミーメにはペーター・ガリアート、ヴォータンにはファルク・シュトルックマン。まだ幕が開けたばかりというのに迫力満点だ。母の残した剣(ノートゥング)を鍛造して名剣に仕立て上げるまでの行程がユニーク。洗濯機のドラムが取り出されそれで剣を研ぎ始める。舞台真ん中が下がり大きな鍛冶場になり、ベッドの枠木、シーツなどが放り込まれ、そこに火がつけられる。日本刀マイスターのように鉄の強度をあげるために火を使い、ハンマーで成形する、即座には理解不可能なほど綿密な鍛接行程だ。ハンマーで剣をたたく音はティンパニのリズムに合わせている。名剣が出来上がるまでは少しどんちゃかしていてうるさいくらいではあるが、仕上がった剣がまたすごい。壁に当たれば火花を散らす。電光石火の名剣をこれだけ見せられれば聴衆から笑いも起こる。少しやり過ぎの感もあったが“恐れを知らない”どんどん前に向かって突き進んで行くジークフリードの成長と観れば面白い演出といえるだろう。

第2幕はマルクトのような広場に酒の空き瓶が転がり、後ろに森が見える舞台。、ファフナーは森の奥で大蛇に化していた設定なのだろうが、その模様は舞台では見えず、ジークフリードにさされたファフナーが森から血だらけで出てくる。そしてミーメとも論争のうちに彼をさしてしまう。
金銀財宝を手に入れたジークフリードは独り占めせず、彼らの頭に金の王冠をのせ、首から金のネックレスをかけ、富を分け与えてその場を立ち去る。そこでも彼の成長に着眼しているように思える。

第3幕は書棚が壁一面に並ぶ図書館のような舞台。ヴォータンが再び現れ、エルダに不安と取り除く手だてを問い、彼女はありとあらゆる書物からそれを調べるが答えることはしない。ヴォータンの槍を剣でつき、ヴォータンを一撃する。幕は書棚の間から開き最後の場面へ。この場面だけが唯一照明が抑えられ、古典的な設定に近い。ブリュンヒルデとジークフリードは少しシャイなキャラクターを出しながら、抱きしめ合おうと走りよって行く場面で暗転、幕となった。せめて3幕の終わりにはもう少し美しさや神秘性を表現してもよいのでないか。最後が少し物足りない感じがした。

フランツは全幕を通して、安定した声でジークフリードを演じていた。特に1幕ではあれだけの小道具を自然にハンドリングしながらの演技は素晴らしかった。幕が進むにつれてそのキャラクターが変化成長を遂げて行く様が歌でもよく表現されていたと思う。

ピットの中のヤングはときどき長い髪をかきあげながら、片時も両手を休めない指揮ぶりだ。手首の柔らかい左手でオケに歌手に指示を与える。金管、特にチューバが終始安定した音程だったし、プレミエながら安心感のある音楽運びだった。彼女のワーグナー対する溢れる母性がこのニーベルングのシリーズを育んでいるのだろう。その彼女の母性と音楽性がこの新演出とよくマッチしていた。“神々の黄昏”も楽しみだ。

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2009年10月22日
ハンブルク州立歌劇場 (Philhamoniker Hamburg)
指揮:Simone Young
ジークフリード:Christian Franz
ミーメ:Peter Galliard
ヴォータン:Falk Struckmann
ブリューヒンデ:Catherine Foster
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by aurorapiano | 2009-10-25 22:30 | オペラ

ハンブルグ州立歌劇場 『トスカ』

2009年10月21日、ハンブルク歌劇場”トスカ”の公演。
ハンブルク州立劇場は中央駅からU2で2つ目のGänselmarktで下車すぐ。時間に余裕があれば中央駅からBinnebalster(内アルスター湖)を眺め、美しい街を散策しながら歩いて行くこともできる。
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この劇場はLogeと呼ばれるいわゆる仕切った席が20席ずつありどこからでも劇場がよくみえるようになっている。
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『トスカ』は2000年のプレミエ以来、67回目の公演。今シーズンは3回のみ。今夜が今シーズン最後の上演となった。パオレッタ・マロキュのトスカはとにかく素晴らしかった。

舞台は読み替えというほどではないが、とてもシンプルな演出であった。1幕は礼拝堂の中、2幕は宮殿の中、そして3幕は牢屋の中とすべて室内という設定となっている。1幕の礼拝堂のシーンでカヴァラドッシが書いているマリア像が舞台下手奥にある設定であり、左の席からは絵なるものがあるのかないのか全くみえず、残念であった。

弦と管のバランスがよくオペラによく慣れたオーケストラだ。ステファン・ラノのタクトは音の明暗のコントラストがよく表現されている。
2幕と3幕の場面転換の間、ピットでは一つの事件が起こっていた。指揮者のラノとコンマスが楽譜の最後をめくって何やら確認している。ラノが手を動かしてこのタイミングでいくぞとでも言っているのだろうか。
それは舞台のラストに明らかになった。

2幕、3幕とトスカが際立っていたが、それにつられるかのようにカヴァラドッシ役のミロスラフ・ドヴォルスキーも次第にその存在感を増してきた。『星も光ぬ』そして『優しい手よ』の二重唱もぴったりと息があってくる。
3幕のオーケストラの演奏は、特にチェロ(4本)の美しい旋律のモチーフから大きな意識を払っていたと感じられた。ピットと舞台が引き寄せられるようにかみ合って、旋律家と呼ばれるプッチーニの音楽の良さが引き出されていった。
劇的なストーリーの展開のラスト10分は不覚にも涙が込み上げてくる。
“劇場のトスカになってね。” 現実はそうならず、カヴァラドッシの死を確認したトスカが城から身を投げるシーンには仕掛けがあった。マロキュは舞台奥まで走り、そこでほんの一瞬、息を吸い込むように立ち止まり、それと同時に最後のフレーズが鳴り、舞台奥から下に飛び降り、暗転というラストだった。ピットで確認していたのはこのシーンの音のタイミングだったのだろう。
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愛を貫いたトスカは舞台をおりてもトスカのままだ。パオレッタ・マロキュは声の伸び、響きといい、演技力といい素晴らしいトスカを演じていた。決して激しい女性ではなく、自分の信じる愛だけを貫く情熱を秘めた共感に値する女性を感じた。悲劇ながら勇気を与えられる作品だった。
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ハンブルク州立歌劇場 (Philhamoniker Hamburg)
指揮:ステファン・ラノ
トスカ:Paoletta Marrocu
カヴァラドッシ:Miroslav Dvorsky
スカルピア:Sergej Leiferkus
アンジェロッティ:Hee-Saup Yoon
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by aurorapiano | 2009-10-24 17:34 | オペラ

ミラノ・コモ旅行記 〜Teil2〜

朝起きると、絶好の秋晴れで雲一つない。気温も22度、暖かく気持ちよい。
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まずはFunicolare(フニコラーレ)という登山ケーブルカーによってBrunate村まで行くことにした。所要時間は8分。急斜面をまっすぐどんどん上って行くと眼前にはコモ湖が見える。
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マオリッツォ灯台というのがまだ上にあるらしくシャトルバスもでているが、歩くと30分はかかるようなので断念。しばらくそのあたりを散策。イタリア国旗を交えてコモ湖を撮影。対岸の山の向こうにはアルプスも見える。天気が良くて本当に良かった。
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山頂のフニコラーレの乗り場の近くには有機食材を使っているというレストランがある。天気がよかったのでビールをのみながらテラスで食事をすることにした。
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この地方の料理として有名なのが“子牛のシチューとポレンタ”。私がいただいたポレンタとはとうもろこしの粉を使って固めた黄色いムースのようなもので食感は思ったより少し固め。
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友人はラムのステーキと焼きポレンタを頼んだのだがそれもまたおいしかった。

フニコラーレで地上に下り、少し休憩してショッピング。日曜日とあって午後3時くらいからお店が開き始める。そのころから人もどんどん増えてくる。
夕方になり30分のプチ遊覧船に乗る。コモ湖をゆっくり楽しみたいなら、たくさんの村があるのでそこに船で渡り別の村で違った角度からコモ湖を楽しむことができるようだ。私たちが乗ったのは20〜30人は乗れる一人5ユーロのボート遊覧。これでもコモ湖の半分くらいは楽しめるだろう。ずっとイタリア語の解説があるのだが、意味がわからない。唯一わかったのが“ここにジョージ・クルーニーが別荘を持っています”ということ。たくさんの有名人が避暑地として別荘をもっているらしい。
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船からあがって念願のイタリアジェラートを試食。避暑の時期には少し遅かったのではと心配で来たコモ湖だったが天気に恵まれてよい旅となった。

翌朝、コモから9時発の電車でミラノに戻る。ミラノ中央駅からミラノのベルガモ空港まで1時間。飛行機を待ってドイツの(本当はデュッセルドルフではないがデュッセルドルフ空港と書いてある)ヴィーズ空港に着いたのが夕方の5時過ぎ。そこからまたバスに乗ってエッセンまで1時間あまり。コモを出てからドイツのエッセンまで11時間。これじゃ日本からくるのとあまりかわりないかも???ライアンエアという格安チケットを使っての旅行には残念ながら時間がかかる。ちなみにデュッセルドルフ(ヴィーズ空港)からミラノ(ベルガモ空港)まで往復50ユーロだから文句はいえないか・・・。
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by aurorapiano | 2009-10-22 18:55 | なんでも旅行記

ミラノ・コモ旅行記 〜Teil1〜

10月9日、Wuppertal交響楽団のチャイコフスキープログラムをミラノで聴き、翌10日、コモ湖まで足を伸ばした。ミラノのノルド駅から私鉄でComo Lagoまでは1時間弱。片道3.6ユーロととてもリーズナブルで快適な旅だ。
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今回はミラノに行くならぜったいにコモに行った方がいいよと友人にすすめられてコモ湖に2日ほど滞在することにした。優雅にすごすなら5つ星の高級ホテルがいいかもしれないが、友人とふたり“こぎれいな当直室”を思わせる部屋に宿泊した。リッチな気分は味わえないが清潔だしベッドが固いので寝心地も悪くない。
コモ村に到着した10日(土曜日)は曇り。気温は24度と暑いくらい。ついて早々おなかを満たすためホテルの下にあるレストランで食事。ようやくイタリア気分でシーフードリゾットをいただく。
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それから湖の周りを少し散策。高級リゾートといわれるコモの街を歩くことにした。ルネッサンス様式とロココ様式が混ざったコモドゥーモ(大聖堂)。ミラノ大聖堂に比べると少し規模は小さいがどっしりとした構えである。
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ドイツの教会はオルガンがアップグレードされて今も演奏に使われていることが多いがここのオルガンは使われていない、アンティークとしての観るためのオルガンである。
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町並みを歩く。洗練されたイタリアのお店が軒を並べ、この季節にふさわしくmade in Italyのブーツがたくさんショーアップされている。日本にはいってくるとこのインポートものは3倍くらいの値段になるのだろうと想像して買い物熱も沸いてくる。まさにここは“買い物天国”でもある。この日は土曜日とあってマルクトが並んでいた。革製品を取り扱うところが多く、リーズナブルな値段で皮の手袋をひとつ購入した。それにしてもすごい人、人、人。
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船でのコモ湖の遊覧とフニコラーレ(ケーブルカー)で山の上にあがってコモを眺めるというプランを翌日に”晴れを祈願”して、トマトとモッツェレラチーズのサラダで乾杯!
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by aurorapiano | 2009-10-21 23:43 | なんでも旅行記

バンクーバー旅行記 〜Teil 2〜

バンクーバーの夜明けは日本に比べてやや遅い。高層ビルが立ち並び、小さな東京湾岸を思い出させる。中心地の高層コンドミニアムは100平米、2ベッドルームで2億円もするという。
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ダウンタウンからハーバーの方に向かっておりて、右手に進むとガスタウンに到着する。以前はバンクーバーのダウンタウンの中心部として栄え、レストランやナイトスポットがある街として栄えた。今はその中心がロブソン通りに移ってしまい、このガスタウンには蒸気時計くらいしか目立つ建造物はない。通りかかった時刻が丁度1時半。昔なじみの日本の学校のチャイムを思い出させる音程だ。ランチでもと思いこの通りを歩いたが、これといってよいレストランもみつからず残念だった。
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このハーバーの向かいにはノースバンクーバーという地区がある。山の手の方は高級住宅地だそうだ。ノースバンクーバーにはシーバスという船でBarrard inlet(バラードの入り江)の景色を十分に堪能しながらゆったりとわたることもできる。今回はスタンレーパークの方面からライオンゲートブリッジを越えて車でノースバンクーバーに移動した。ノースバンクーバーの中腹にあるキャピラノ渓谷というところには有名な吊り橋がある。12年前にトライしようとしたが、たえず震度3程度がつづくような揺れがあり、しかも高所恐怖症の私にはちょっと無理ということで、今回もここはパス。そしてその先のグラウスマウンテンへ。100人は乗れそうな大きなゴンドラで、山の上へ。
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冬の間はバンクーバー近場の手頃なスキー場として人気が高いそうだ。山の上の気温は9度だが天気はいい。寒い中でしばらく震えながら散歩した。大きな自然に包まれている心地の中、バンクーバーが一望でき、かつアメリカ大陸の沿岸を描き出す抜群の情景を眺めながらのひと時は忘れられない時間になったかもしれない。

最終日に訪れたクイーン・エリザベス公園。ダウンタウンから南に車で15分程度、小高い丘の上にあるカナダで最初の市立植物園だそうだ。「クイーン・エリザベス」公園は、1940年にイギリスのエリザベス王妃(現女王エリザベス2世の母で2002年に101歳で逝去)のバンクーバーへの来訪を記念して設立されたもの。公園内からは近代的なダウンタウンと、広大な自然、山と海の共存が素晴らしいパノラマとして写る。
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公園に咲いた、愛らしいクロッカスの花。クロッカスの花言葉はいろいろな説があるようだが、気に入ったものを。”若返り””あなたを待っています””信頼”。
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by aurorapiano | 2009-10-18 08:02 | なんでも旅行記

バンクーバー旅行記 〜Teil 1〜

9月29日から10月6日の日程で、カナダ・バンクーバーを訪れた。
フランクフルトからバンクーバーまでは直行便で10時間。エアカナダとの共同運行便であるルフトハンザ便を利用することになったのだが、座席前のスクリーンとの距離が近すぎて映画なんかはとても見れない。ほとんど眠ることもできず本当に長い退屈なフライトだった。
そんな話はさておき。バンクーバーは1997年、かれこれ12年前に国際学会で一度来たことがある。曇り続きの5月で夜は10時過ぎまで明るかった。
今回は障害者ピアノフェスティバルでご一緒した審査員の中にバンクーバーから1時間ほどのところにお住まいになられている先生がいらっしゃり、おかげで楽しいバンクーバーを満喫することができた。

さてバンクーバーは香港返還の際のイミグレが自由であったことも影響して人口の40%が中国人だと言う。観光地の中心となるRobson street には日本料理はもちろん、中華、韓国料理、タイ料理、日本のラーメン屋などアジアレストランがひしめき合っている。日本料理屋に至っては250軒もあるそうだ。本当に食には困らない街ではっきり言って驚いた。しかも12年前には考えられないほど増えた高層ビル。大きな地震は過去の記録にはないそうだ。
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まず訪れたのがスタンレーパーク。湾岸に広がる大きな公園だ。ゆっくり時間をかけて車で回るのがベスト。バンクーバーは天災が少ない都市だそうだが、2年前の大きな嵐で大木が倒れてしまったという。そんな残骸もみられる。そしてトーテムポールの前にはたくさんの人だかり。トーテムポールはインディアンが部族の集落の入り口にたてる柱状の彫刻のこと。オリジンは明らかではないそうだ。
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Japanese Maple こといわゆる紅葉の木も多い。紅葉がすでに始まっていて海辺での紅葉狩りは何だか少し不思議ではあるが心地よくもある。
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スタンレーパークの中のFish Houseというシーフードのレストランにランチに出かけた。(たぶん12年前にも行ったような気がするが記憶が定かではない)
サーモンとエビのトマトソースのショートパスタをいただき満足。同行した先生たちもサーモンなどシーフードのメニューにうっとり。
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音楽のフェスティバルを記念して赤く色づいたメープルの葉とモニュメントを作ってみた。・・・
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続きはまた。
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by aurorapiano | 2009-10-16 02:25 | なんでも旅行記

音楽という奇跡〜国際障害者ピアノフェスティバル in バンクーバー

音楽という代物は時に予想をこえた感動を私にもたらしてくれる。 “ビバカナディアン”をモチーフに作曲、編曲された作品を演奏するコースは、1日にセミファイナル、2日にファイナルが行われた。
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受賞者の皆さん

受賞した3人の日本人とお話をする機会をえたのでそのインタビューを紹介したい。

ジュニアA部門2位を受賞した小学6年生の重本安見さん(11)。合短指症で左手の指が生まれつきない。手関節はとてもよく動くので、小指側(尺側)の先端を使って
ピアノの打鍵をする。しばしば右手とクロスさせて左手をメロディーラインに使うこともできる。まだ小さな6本指のピアニストだ。
ピアノをはじめたきっかけを尋ねると『1年生のとき友達がピアノを楽しそうに弾いていたから、私もやってみたくなりました。』そう答えた彼女にインタビューをしてみた。
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今回のフェスティバルはどうでしたか?
—緊張はしたけどとても楽しかったです。緊張をしないように家で弾いているイメージで弾くようにしてみました。満足できました。
これからどんな曲を弾いてみたいですか。将来の夢は何ですか?
—ショパンの『革命』のエチュード。将来はふつうの主婦になって子供が欲しいです。ピアノは続けたいです。
まだまだあどけなさが残る安見さん。受賞した曲は小林夏衣さんの作曲によるもの。小林さんは第1回目のピアノパラリンピックの入賞者でもあり、先月大阪フィル(指揮:大植英次)とモーツァルトピアノ協奏曲20番で共演したことで話題になった作曲家をめざす高校3年生である。

A部門で3位となった桑原良恵さん(23)。彼女はデモンストレーションコンサートでこれまでにカーネギーホールをはじめ多くのところで演奏をしている。
先天性のさまざまな障害により身長は100cmの小さなピアニストだ。そして4歳のときに視力も失った。そして小さな彼女の手の示指〜小指はPIP関節に屈曲拘縮があり完全には伸びない。
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いつからピアノをはじめたのですか?
—7歳のとき、指のリハビリをかねてピアノを始めたんです。

好きな作曲家は誰ですか。それからこれからやりたいことは?
—好きな作曲家はモーツッァルトとショパン。最近はフランスのドビッシーも好きです。月の光とかスーと心に入ってくる感じがするから。オクターブがとどかないのが難点ですが。
将来もずっと音楽を続けたい。音楽を愛し続けたい。
緊張やプレッシャーがあっても弾き始めると音楽は安心感を与えてくれるから。

—バンクーバーはいかがでしたか?
バンクーバーはとてもいい町、とてもよい空気を感じました。

A部門での優勝者は山崎理恵さん(34)。桐朋音楽大学ピアノ科に入学し、20際の頃、全身性エリテマトーデスという病気にかかった。ピアニストとして活動をはじめていたころに病状が悪化して脊髄におよび、両下肢完全麻痺となった。彼女の問題はピアノのペダリング。それを克服できたのがピアノペダルアシストという装置。4年前から笛に息を吹き入れることによってその強さをセンサー感知してピアノのペダリングを行うという装置を開発し、1年前にようやくそれが完成した。慣れるまでは何度か酸欠で倒れたこともあったという。
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ピアノを弾きたいという情熱が彼女をここまで駆り立てたのだろう。とても美しくしかも情熱的な演奏だ。ビバカナディアンの主題をピアノのための3つの小品にしたて、ラベルを連想させる光がきらきらと射し込むような美しい曲を見事に表現した演奏だった。マウスペダルにはまだ改良点があるという。演奏中に小さな機械音が鳴ること、それから10分適度ひくと水滴がたまりセンサーの感度が鈍くなるということだ。
“車いすのピアニスト”として、それからまたピアノを教えるピアノの先生として北海道で活躍中の山崎さんに今後とも注目していきたい。
山崎理恵オフィシャルサイト〜車いすのピアニスト〜
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by aurorapiano | 2009-10-07 18:26 | ピアノ

第2回国際障害者ピアノフェスティバル in バンクーバー

9月29日、フランクフルトよりバンクーバーへ。約10時間のフライト。偏西風の影響で日本からより遠いようだ。
2009年10月1日〜3日の日程で第2回国際障害者ピアノフェスティバルがカナダのバンクーバーで行われる。開会に先立って、30日午後6時よりクライストチャーチカテドラル(Christ Church Catedral)でオープニングセレモニーが行われた。
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このフェスティバルは4年前の2005年1月に『第1回ピアノパラリンピック』として横浜のみなとみらい小ホールで開催された。参加コースはA(課題曲:決まった主題による作曲、編曲)、B(自由曲)の2部門からなり、知的障害、四肢障害、視覚障害、聴覚障害、発達障害、重複障害と障害の内容によってさらに細かくコースが設定されている。
4年前の横浜での開催ではA部門は『さくらさくら』の主題による作曲、編曲による演奏ですばらしいオリジナリティと印象的な多くの演奏が話題となった。
今回のカナダ・バンクーバーでの課題曲のモチーフは『Viva Canadian』。参加国も14カ国になった。
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1日午後2時よりA部門のコンクールが始まる。2005年の横浜に引き続き、今回も審査員として参加させていただくことになっている。どんなインプレッシブなメロディーと熱演が聴けるのか楽しみである。

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大会会長の迫田時雄氏の挨拶
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by aurorapiano | 2009-10-02 02:53

音楽・四方山話


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