本日のカデンツァ

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グレゴリー・ソコロフの奏でる”本物の音”

もちろんこれまで録音しか聴いたことはなかったのだが、ソコロフの奏でるピアノは録音の中でさえ、音に色が見える。そんな体験をしてから一度はライブで聴きたいと長年思っていた。現在彼は、1年間同じ演目で、しかもヨーロッパでしか演奏会をしない。今年はシューベルトのソナタ二長調D850と初めて聴くシューマンのソナタ3番のフル演奏。
ドイツ・ザールブリュッケンから足を伸ばし、ルクセンブルク、フィルハーモニーGrand Audioriumでのソコロフのコンサートに出かけた。ルクセンブルクはザールブリュッケンから100kmほどの距離、バスで1時間ほど(14ユーロ)で行くことができる。
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街の中心にある大公宮(Palais Grand Ducal)
ルクセンブルク語はドイツ語と似ているというがフランス語に似ているように思う。街の表示も主流はフランス語。
会場であるフィルハーモニーはルクセンブルク中央駅からも街の中心地からも離れたバスで15分くらいのところにあるヨーロッパセンターという近代的なコングレスセンターの一角にある。いかにも東京にありそうな現代的な建築である。
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ホールにはほぼ満員の聴衆。コンサートグランドが小さく見えるほど大きな体躯のソコロフが舞台に登場し、座るやいなやシューベルトが始まった。シューベルトのソナタに特徴的な同音重複のすべての和音の響きが微妙なニュアンスで違うのだ。空間にすっと音が響き、テンポは正確であるのに縦の刻みを感じさせず、自然に音楽が流れすすんで行く。しかもペダルは最小限で音が決して濁らないのが特徴だと思う。2楽章ではもちろん旋律は美しいのだが、書かれたすべての音に均等なエネルギーがある。その音からは連想できなかったほど引き振りは意外に派手で手を高く挙げながらの演奏である。それにしても終楽章のロンドは美しかった。

休憩時間にはしっかり綿密に調律が行われている。作品によって調律を変化させているのか今日のピアノの具合に問題があったのか定かではないが、調律師も真剣だった。
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後半はシューマンのピアノソナタ3番。Scherzo:Molto comodeを1—2楽章間に、Scherzo:Vivacissimoを2—3楽章間に配置したフル演奏。個人的には楽章間の流れからするとこのスケルツォ群はむしろないほうがいいように感じている。1楽章ではひとつのゼクエンツの中でルバートをかける奏法で、全体としてのテンポは揺るぎない。とにかくメロディラインが決してすべらずきれいでシューベルトの音質より若干柔らかめである。2楽章のクララ・ヴィークのヴァリエーションは丁寧なテンポで、しかもペダルを多用しないレガートな演奏。
3楽章は右左のメロディーが無駄ひとつなくつながって演奏された。
無駄な力など全く入っていない、それで実に人間的な美しい音だ。これほど美しい音を出すピアニストが他にいるだろうか。
2つのスケルツォは音楽の構成上いかがなものかと思っているが、楽章間のブレイクとして聴けば別の音楽を聴いているようで十分楽しめる。勿論ソコロフのピアノだったからかもしれない。
アンコールにショパンのプレリュードを6曲(すべてプレリュードだったかどうかは定かではない)鳴り止まぬ拍手に応えてしっかりサービスしてくれた。

2009年11月25日 ルクセンブルクフィルハーモニー
グレゴリー・ソコロフ(ピアノ)
シューベルトピアノソナタニ長調 D860
シューマンピアノソナタ ヘ短調 op.14
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# by aurorapiano | 2009-11-27 00:40 | ピアノ

ウィーン旅行記

本業の方で学会があり、11月4〜6日までウィーンを訪れた。
残っていたEUレイルパスの使用期限がせまっていたのでドイツから列車でウィーン西駅に入ることにした。余談になるがEUレイルパスというのは日本からの旅行者にとってかなりお得なチケットだと思う。3カ国以上、5日以上と国、日程は自由に選べ、その範囲内であれば1日どこまでも乗り放題。期限は最初の使用日から2ヶ月以内で、ドイツ国内にだけ適応されるジャーマンレイルパスの1ヶ月に比べて長い。しかも26歳以上は必然的に1等席を購入するしくみになっているので快適な列車の旅が楽しめる。私はドイツ、フランス、オーストリアの3カ国、6日というチケット395ユーロのチケットを購入していたので、一日70ユーロ以上の旅で十分元がとれる。

さて、15時半にウィーン西駅に到着したのだが、どんよりした天気のせいもありすでに夕刻の雰囲気。しかも寒い。私はあまりウィーンに歓迎されていないのだろうか。
シュタッツオーパーで“サロメ”をみるか、ムジークフェライン(楽友協会)でウィーン交響楽団を聴くか迷ったが、結局後者を選んだ。
ムジークフェラインのチケットはぎりぎりまでオンラインでの購入が可能である。しかも日本語で。興味本位でオーケストラの舞台上の席を選んだ。こんなことはドイツの劇場のサイトではまずないので、いかに親日的かがよくわかる。さて開演の40分前に楽友協会に着く。予約しておいたチケットをAbendkasseでピックアップして中をじっくり見学すると、親日的と思ったその理由のひとつがみえた。サントリーホールと提携していること、日本企業の経済的寄与が壁に刻印されていた。
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19時半に開演。ファビオ・ルイージ指揮によるウィーン交響楽団のロシアンプログラム。ラフマニノフのピアノ協奏曲2番、ソリストに若くて愛らしいリサ・デ・ラ・サレ、そして後半はチャイコフスキー交響曲5番。
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同じ演目で3日間の初日とあって聴衆はほぼ満員である。サレのピアノは若いながらテクニックだけにとどまらず、ダイナミックさと繊細さをよく表現していた。そして、アンコールにバッハのシチリアーノ(原曲はフルートソナタ2番2楽章)をしっとり聞かせた。
後半のチャイコフスキーは躍動感にあふれ、縦の刻みをはっきりさせた演奏でかつ大胆に時折テンポを動かした完成度の高い演奏だった。

翌朝、まず向かったのがセセッション(ウィーン分離派会館)でクリムトのベートーベンフリースをみる。
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たまねぎのような金色の装飾が印象的なセセッションは地下鉄カールスプラッツ(Karlsplatz)から徒歩3分というところにある。ベートーベンフリースはワーグナーのベートベンの第九の解釈をもとにしたモチーフからグスタフ・クリムトが1902年に描いた壁画である。セセッションの地下にはいるとシンプルな部屋の3面に大きな絵が描かれている。第九が書かれ、初演が1824年なので、このクリムトの作品はそれから80年近くを経て創作されたことになる。絵を見た音楽家がそれを標題として作曲することはこれまでに珍しいことではない。しかし、音楽を解釈して絵画として表現するというのはきわめて珍しい。合唱を歌う女性の姿が描かれているがこれは4楽章を意味するだけでなくシラーの詩に書かれる歓びを直に表現しているようにもとれる。日本ではいったいどれだけの第九が年末に演奏されるのだろうというほど一般的になった経緯の中にはこのような歴史がウィーンでもあったのだ。

そしてシュテファンドームにほど近い場所にあるモーツァルトハウスに向かった。2006年にモーツァルト生誕250年にちなんでリニューアルされたそうだ。
日本語のガイドもあるので問題はないのだが、そのガイドと展示がいまいちかみ合っていないのと、ガイドが長く分かりにくい。少し観光地化しすぎている感が否めないのが少し残念な気もする。

そしてクリムトの黄金の時代の“The Kiss“の本物があるということでヴェルヴェーレ上宮オーストリア絵画館へいった。
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この絵だけはガラス張りのセキュリティーがしっかりかけられ、上からはスポットライトもあたっている。この絵画館の中でも一等特別な存在だ。風景画は明るく美しく、抽象的な人物装飾画よりはむしろ新鮮に思えた。その他にほぼ同時代を生きたシーレ、ココシュカの作品も観ることができる。ここにあるシーレの作品はクリムトとは対照的に暗い絵が多い。そしてこれらの画家たちの名前がでてくると必ず思い出される人物がいる。絶えず流動する芸術の世界に翻弄される芸術家たちの中でその時代を生き抜いた作曲家マーラーの妻のアルマ・マーラーだ。

溢れる芸術の街、ウィーンを次に訪れるときは何をみようか・・・少し後ろ髪をひかれながら空港をあとにした。
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# by aurorapiano | 2009-11-25 03:57 | なんでも旅行記

第2回 上岡敏之&ヴッパータールシンフォニーコンサート

2009年10月26日、ヴッパータールでの第2回シンフォニーコンサート、
今夜はバルトークとブルックナーという “Klangmagier(音の魔法)”を演出した。
バルトークの“2台ピアノとパーカッションのための協奏曲”はGrauschumacher Piano Duoによる演奏。ピアノ2台が舞台の最前列、指揮台をはさんでその後ろに二人のパーカッションが並び、後ろにオーケストラという配置である。この曲自体演奏される機会はあまり多くないだろうが、もともと2台ピアノとパーカッションのためのソナタとして書かれた作品にオーケストレーションが加わっている。無調性なバルトーク協奏曲としては古典的な3楽章形式で、2楽章にLento ma non troppoと緩徐楽章を置いている。表題には3楽章にもnon troppoがついており、やや“控えめ”を意識している。
2台のピアノと二人のパーカッションのいわゆる“コール・アンド・レスポンス”は絶妙で、かつジャズ的なインプロビゼーションを感じさせるエネルギッシュな音楽。指揮者の上岡さんとセンターの4人の動きが視覚的にも楽しい演奏だった。

休憩をはさんで、ブルックナー交響曲3番。この曲はワーグナーに献呈されブルックナー自らが“ワーグナー交響曲”と名付けたとして知られる。今夜は第3稿が演奏された。2年前にCD録音された上岡さんとヴッパータール響のブルックナー7番は世界一緩徐な7番と評されたことをふと思い出した。
1楽章冒頭のトランペットの第一主題、弦のボーイングからしてテンポは遅くはないがゆったり感はある。しかし始まったばかりだというのに、上岡さんは相当エネルギッシュな振りだ。意識的にかなりはっきりと休止をとっている。ユニゾンパートではとくに金管に音を前に引き出すように指示を出す。さらに上岡さんの表情は音、モチーフ、旋律の厚さによって常に変化して、一秒たりとも休むときがないほどである。
第2主題のいわゆるブルックナーリズム(2+3または3+2)は音の広がりを感じさせ、ゼクエンツをはっきり表現させながら、身体全体でオーケストラを牽引している。
2楽章に入っても、タクトを左手に持ち替え、音を前に前に引き出そうとし、強弱のコントラスト、テンポのコントロールを片時も休めない牽引力だ。
ここでも休止にははっきりと音のない空間を演出している。3楽章に入り軽快な音色になってきた。フィナーレはオーケストラの音にも伸びやかな開放感が出てきたように感じた。この日の上岡さんは、こんなに振っていて大丈夫なのだろうか、と心配になるほど始めから終わりまで、渾身の力を振り絞ってワーグナーブルックナーを牽引し続けていた。上岡さん率いるこのオーケストラは、休止、ユニゾン、ブルックナーリズム、ゼクエンツをいつも過剰なまでに意識した今までにない新しい“ブルックナー音楽”を創造してくれる。だからこそ、聴き手である私たちにも大きなエネルギーを充電してくれるのだろう。

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ヴッパータール交響楽団(ドイツ・ヴッパータール Stadthalle)
指揮      上岡敏之
ピアノ     Grauschumacher Piano Duo (Andreas Grau, Götz Schumacher)
パーカッション Martin Schacht, Benedikt Clemens
(演奏曲目)
バルトーク  2台ピアノとパーカッションのための協奏曲
ブルックナー 交響曲第3番 ニ短調(第3稿)
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# by aurorapiano | 2009-11-02 03:13 | オーケストラ

ハンブルク州立歌劇場 シモーネ・ヤングの“ジークフリート“

2008年3月、2シーズン前からはじまったハンブルグ国立歌劇場とシモーネ・ヤングのシリーズ“ニールンベルグの指輪”の第2夜“ジークフリート”。プレミエは2009年10月15日。(今日の公演はプレミエBと書いてある。)17時開演。16時過ぎに劇場に到着し、長い公演に先駆けてホワイエへ。
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ジークフリートはクリスチャン・フランツ。この役は彼の十八番であり、来年2月日本でも新国立劇場でのジークフリードに登場する予定である。
今回の演出も引き続きクラウス・グートによるもの。完全な読み替えとはいかないまでも舞台はかなり現代的でグラフィカルな演出。この演出に馴染めるかどうかは好き嫌いの問題だろう。読替え演出によってはストーリーを混同しやすいこともあるが、このオペラの場合は至ってシンプルなジークフリードの成長物語だから視覚的な問題以外はたいして気にならないだろう。ヤングの淡々としてしかも収支のあった音楽作りならこのややミスマッチなどことなく落ち着かないユニバーサルデザインもしっくりくるから不思議である。

第1幕はミーメの家。2つの簡素なベッドが左右においてあり、きれいだか汚いのだかわからない現代的な普通の家の中の設定。洗濯機、キッチン、鍋、アイロン台と家庭用品が並んでいる。ミーメにはペーター・ガリアート、ヴォータンにはファルク・シュトルックマン。まだ幕が開けたばかりというのに迫力満点だ。母の残した剣(ノートゥング)を鍛造して名剣に仕立て上げるまでの行程がユニーク。洗濯機のドラムが取り出されそれで剣を研ぎ始める。舞台真ん中が下がり大きな鍛冶場になり、ベッドの枠木、シーツなどが放り込まれ、そこに火がつけられる。日本刀マイスターのように鉄の強度をあげるために火を使い、ハンマーで成形する、即座には理解不可能なほど綿密な鍛接行程だ。ハンマーで剣をたたく音はティンパニのリズムに合わせている。名剣が出来上がるまでは少しどんちゃかしていてうるさいくらいではあるが、仕上がった剣がまたすごい。壁に当たれば火花を散らす。電光石火の名剣をこれだけ見せられれば聴衆から笑いも起こる。少しやり過ぎの感もあったが“恐れを知らない”どんどん前に向かって突き進んで行くジークフリードの成長と観れば面白い演出といえるだろう。

第2幕はマルクトのような広場に酒の空き瓶が転がり、後ろに森が見える舞台。、ファフナーは森の奥で大蛇に化していた設定なのだろうが、その模様は舞台では見えず、ジークフリードにさされたファフナーが森から血だらけで出てくる。そしてミーメとも論争のうちに彼をさしてしまう。
金銀財宝を手に入れたジークフリードは独り占めせず、彼らの頭に金の王冠をのせ、首から金のネックレスをかけ、富を分け与えてその場を立ち去る。そこでも彼の成長に着眼しているように思える。

第3幕は書棚が壁一面に並ぶ図書館のような舞台。ヴォータンが再び現れ、エルダに不安と取り除く手だてを問い、彼女はありとあらゆる書物からそれを調べるが答えることはしない。ヴォータンの槍を剣でつき、ヴォータンを一撃する。幕は書棚の間から開き最後の場面へ。この場面だけが唯一照明が抑えられ、古典的な設定に近い。ブリュンヒルデとジークフリードは少しシャイなキャラクターを出しながら、抱きしめ合おうと走りよって行く場面で暗転、幕となった。せめて3幕の終わりにはもう少し美しさや神秘性を表現してもよいのでないか。最後が少し物足りない感じがした。

フランツは全幕を通して、安定した声でジークフリードを演じていた。特に1幕ではあれだけの小道具を自然にハンドリングしながらの演技は素晴らしかった。幕が進むにつれてそのキャラクターが変化成長を遂げて行く様が歌でもよく表現されていたと思う。

ピットの中のヤングはときどき長い髪をかきあげながら、片時も両手を休めない指揮ぶりだ。手首の柔らかい左手でオケに歌手に指示を与える。金管、特にチューバが終始安定した音程だったし、プレミエながら安心感のある音楽運びだった。彼女のワーグナー対する溢れる母性がこのニーベルングのシリーズを育んでいるのだろう。その彼女の母性と音楽性がこの新演出とよくマッチしていた。“神々の黄昏”も楽しみだ。

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2009年10月22日
ハンブルク州立歌劇場 (Philhamoniker Hamburg)
指揮:Simone Young
ジークフリード:Christian Franz
ミーメ:Peter Galliard
ヴォータン:Falk Struckmann
ブリューヒンデ:Catherine Foster
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# by aurorapiano | 2009-10-25 22:30 | オペラ

ハンブルグ州立歌劇場 『トスカ』

2009年10月21日、ハンブルク歌劇場”トスカ”の公演。
ハンブルク州立劇場は中央駅からU2で2つ目のGänselmarktで下車すぐ。時間に余裕があれば中央駅からBinnebalster(内アルスター湖)を眺め、美しい街を散策しながら歩いて行くこともできる。
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この劇場はLogeと呼ばれるいわゆる仕切った席が20席ずつありどこからでも劇場がよくみえるようになっている。
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『トスカ』は2000年のプレミエ以来、67回目の公演。今シーズンは3回のみ。今夜が今シーズン最後の上演となった。パオレッタ・マロキュのトスカはとにかく素晴らしかった。

舞台は読み替えというほどではないが、とてもシンプルな演出であった。1幕は礼拝堂の中、2幕は宮殿の中、そして3幕は牢屋の中とすべて室内という設定となっている。1幕の礼拝堂のシーンでカヴァラドッシが書いているマリア像が舞台下手奥にある設定であり、左の席からは絵なるものがあるのかないのか全くみえず、残念であった。

弦と管のバランスがよくオペラによく慣れたオーケストラだ。ステファン・ラノのタクトは音の明暗のコントラストがよく表現されている。
2幕と3幕の場面転換の間、ピットでは一つの事件が起こっていた。指揮者のラノとコンマスが楽譜の最後をめくって何やら確認している。ラノが手を動かしてこのタイミングでいくぞとでも言っているのだろうか。
それは舞台のラストに明らかになった。

2幕、3幕とトスカが際立っていたが、それにつられるかのようにカヴァラドッシ役のミロスラフ・ドヴォルスキーも次第にその存在感を増してきた。『星も光ぬ』そして『優しい手よ』の二重唱もぴったりと息があってくる。
3幕のオーケストラの演奏は、特にチェロ(4本)の美しい旋律のモチーフから大きな意識を払っていたと感じられた。ピットと舞台が引き寄せられるようにかみ合って、旋律家と呼ばれるプッチーニの音楽の良さが引き出されていった。
劇的なストーリーの展開のラスト10分は不覚にも涙が込み上げてくる。
“劇場のトスカになってね。” 現実はそうならず、カヴァラドッシの死を確認したトスカが城から身を投げるシーンには仕掛けがあった。マロキュは舞台奥まで走り、そこでほんの一瞬、息を吸い込むように立ち止まり、それと同時に最後のフレーズが鳴り、舞台奥から下に飛び降り、暗転というラストだった。ピットで確認していたのはこのシーンの音のタイミングだったのだろう。
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愛を貫いたトスカは舞台をおりてもトスカのままだ。パオレッタ・マロキュは声の伸び、響きといい、演技力といい素晴らしいトスカを演じていた。決して激しい女性ではなく、自分の信じる愛だけを貫く情熱を秘めた共感に値する女性を感じた。悲劇ながら勇気を与えられる作品だった。
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ハンブルク州立歌劇場 (Philhamoniker Hamburg)
指揮:ステファン・ラノ
トスカ:Paoletta Marrocu
カヴァラドッシ:Miroslav Dvorsky
スカルピア:Sergej Leiferkus
アンジェロッティ:Hee-Saup Yoon
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# by aurorapiano | 2009-10-24 17:34 | オペラ

音楽・四方山話


by aurorapiano
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